法則をみつけたとき(勝手にプロジェクトX)

あるとき、まだだれも知らない法則を発見してしまった。
NHKがなかなか「プロジェクトX」で取材に来ないので自分で勝手にやる。


うちの会社はある種の通信販売に似ている。
会員を集め、会員がカタログから品物を選び、それを買わせて収入を得る。
ただ、通信販売と違うのは、カタログから客が選ぶ時手助けが必要な点だ。
だから、普通の通信販売と違って、客が購入する直前には何度も質問され調査を求められる。
非常に手間隙がかかるが、そのかわり客単価は大きい。


客が入会して、購入に至るまで平均で300日もの期間フォローを続ける。
しかも、客が購入するのは一度だけで、リピーターは望めない。


一般的な通信販売とはまったく状況がちがう。


この日本でこの商売に気がついているのはうちだけだ。


だからもうしばらく、具体的なことは伏せさせていただく。


この商売をはじめた当初、顧客の人数とコストと集客にかかるコストについて徹底的なシミュレーションを行ったことがある。
もちろん、高度なシミュレーターなど利用できないので、エクセルでコツコツとやった。


顧客を集めるのに必要な金額。(獲得経費)
顧客を集めるのにまわす予算。
顧客に送付する資料にかかるコスト。
最低限必要な売上。(損益分岐点


これらのパラメーターをいじりながら、理想的な配分を探る。


当時はこのサービスの目新しさで会員はおもしろいように集まった。
この業界で一般的な広告効果(集客率)は1/5000である。
つまり、5000枚のチラシに対して1人の名簿が取れる。
コストを計算すると一人当たりの獲得経費がわかる。
この業界では一般的に1万円〜2万円なら優秀だ。


ところが、新サービスは1/300という超高効率だった。
獲得経費は1700円である。
直接指揮をとっている現場の責任者である店長は、この高効率を維持することに全力をあげた。
そんなころ、やっと集まり始めたデータを使ってシミュレーションは始まった。


まず、現在の獲得経費を維持したまま現在の予算で計算をスタートさせた。


その結果に青ざめた。


予算を業界の平均いっぱいに使っても顧客数が伸びず。
送付コストを差し引くといつまでたっても損益分岐点を突破しない。
さっそく店長に聞いてみた。
「なぜもっと予算を組まないのか」
「そうするとおなじ広告が短期間におなじ家に入ってしまい効率が落ちるからです」
「このままだと、ずっと赤字だぞ」
「え?」
わたしは計算結果を見せた。
それはまるで小学生でもつくれるような簡単なスプレッドシートだった。
あまりに幼稚な計算だったので店長も半信半疑だった。
しかし、22世紀まで計算させても赤字のままだった。


つぎに、多少の効率低下はやむを得ないとして計算をしてみた。
集客率に使ったのは業界の標準1/5000だった。
そこまで集客率を落としてもいいとして、莫大な予算を投じた。
集客コストは跳ね上がった。
スプレッドシートの会員数はあっというまに天井をつきぬけた。
「でも、社長、会員数が日本の人口を超えていますよ」
「・・・・・つまり、世界進出だな」
店長はあきれ顔だ。


最初に信用をなくしたので、獲得経費を上げてもかまわない、集客率を下げてもかまわないから広告しろ、というわたしの意見は役員会議で危険視された。
しかし、売上が地を這う最初のスプレッドシートは会社の現状と合っていたし、それは恐ろしい予言だった。あまりに恐ろしい予言をすると、占った男が胡散臭くてもとりあえずお払いをしておこうというのが、無知なる者の唯一の知恵だ。
広告費は徐々に上げられることになった。


それから3年。会社は成長をつづけ、会員数は当初の目標を突破した。


しかし、経常利益ははかばかしくない。
広告費はこの業界の一般的な会社の10倍近くになっていた。
会計報告では会員に対する送付コストが当初の計画よりかかりすぎている。
予定の利益がそこへ吸い込まれているのがわかった。
原因を調べてみると会員が恐ろしく広いエリアに拡散していた。
再び店長を呼び出した。
「なんでどんどんエリアを広げるんだ」
「その方が会員が集まりやすいからです」
最初の失敗とおなじことだった。エリアを広げれば資料を送付するためのコストがかさんでいく。エリアを絞れば、同じ家に同じ広告が入る。
あまりに急激な広告費の膨張にびびった店長は、広告効率にしがみついてエリアを広げまくっていた。
しかし、今度は事態は深刻だった。
前回は予算をぶんどればよかった。
当時このサービスは会社の主力ではなかったので、赤字覚悟で他から予算をまわすだけだ。
しかし、今はこのサービスにかかるコストのために他の事業を中止していた。
しかも、今度は広げたエリアを縮めなければならない。
せっかくサービスに加入した顧客に対して
「明日からあなたの所在地はエリア外で、サービスは受けられません」
とは言えなかった。
しかも、そうやってエリアを絞って会員を減らすと、当初の計算程度の会員数しか残らない。さらに、すでに投下した広告費は当初の10倍である。
唯一の救いは、まがりなりにも会員数が増えたお陰で売上も増えていること。
まさによろよろで一人歩きをはじめたばかりだった。


売上を減らさず、顧客を切らず、送付コストを減らす必要があった。
しかも、早急に。
しかし、こんな問題に立ち向かったものはこの業界にはただの一人もいなかった。


どこでサービスのコストを減らすか。
連日分析を続けた。
例えば、入会して500日を越えた会員はどうだろう。
もはや興味を失っているのではないか。
そのグループを調べると売上は確かに下がっている。
しかし、会員はほっておいても自然に減る。
その分は売上が減っても不思議はない。


成約率を出してみた。
当初の90日24%。
1000日以上18%
統計誤差程度の差しかない。
それはどこで切り捨てても売上が落ちることを意味した。


「やはり、一人当たりの損益分岐点で切るべきでしょう」
と店長が言った。
あまりに長期間フォローするとフォローするコストで利益がふっとんでしまう。
それ以上にフォローするとその契約ベースでは赤字になる。
店長はそのことを言った。


しかしわたしは納得できなかった。
例え会員を切り捨てても収益が下がればおなじことだ。
「昨日入った客と成約率が変わらないということは、切り捨ててはいけないということだ」
「しかし赤字です」
「だが、どのみちまた会員は募集するだろう?だったらなぜ同じ成約率の客をわざわざ切り捨てるんだ!」
思わず声が上がった。


出口が見えず、ただ、いらだっていた。


パンフレットの送信回数は?
在籍日数と比例するのでおなじことだ。
問合せ方法は?
電話、来店、FAX、変化がなかった。
問合せ回数は?
これも在籍日数とあまりかわらない。
では問合せ回数を在籍日数で割ったら?
入会したばかりの会員は熱心なので無意味にポイントが高くなる。


助けを求めるように顧客一人一人の台帳を見始めた。
すでに会員数は4000人を突破している。
人間の管理の限界は超えているので、ほとんどをコンピュータが自動処理していた。必要な時以外に台帳を直接見ることはなくなっていた。
パソコンの台帳プログラムを起動し、ひとりずつ見てゆくと、やがて奇妙なことに気がついた。


質問・問合せ履歴に空白が目立つ。


会員の数は増えすぎていた。
だからいつも、会社の電話は常になりっぱなしである。
コストでイライラしながらも人員と電話回線は増えつづけていた。


しかし、ひとりひとりを見ていくと、思ったほどはない。


「無言だ!無言の日数を調べよう!」
客がひとつの質問をしてから次の質問までの日数のことである。
その間隔が広くなると、興味を失ったと判断できるのではないか?
しかし、台帳には無言日数をすぐ調べられるような記録のされかたはしていない。
ある質問からある質問までの日数をすべて数えなければならなかった。
まる一日かけて、すべての客のすべての無言日数を調べるプログラムが出来上がった。


プログラムを走らせると、パソコンが沈黙した。


小さなデータでテストしたときはきちんと答えはあっていた。
プログラムには自信があった。


客の通算の数は、退会者成約者を含めると4000を超えていて、過去すべての顧客の質問・問合せ履歴数は軽く2万を超えていた。
そのすべてをひとつひとつ引き算して結果を保存する。
膨大な計算量だった。
パソコンは沈黙したまま、会社は終業時間を終った。
どうすることもできず、計算しつづけるパソコンをそのままにして帰った。


もちろん、その日は眠ることなどできなかった。
朝、始業時間の一時間前には会社にいた。
メモリがオーバーフローしてプログラムが止まっていたら、また一から計算のし直しだ。
モニタを見ると、計算は最後まで終っていた。
計算結果をすぐに集計にかけた。


グラフを見て眼を疑った。
ほとんどの成約客の無言日数は最大でも90日より短かった。
90の手前でグラフは巨大な塊を示していた。


成約せず退会していった会員の無言日数には90日前後にかたよりはなかった。
現在の客の50%は無言日数が90日を越えていた。
半分近くの客は、とっくに興味を失っている。
サービスを中断しても、彼ら自身気がつかないだろう。


店長が出社するとグラフを見せた。
あまりに歴然としたグラフに店長も絶句した。
「これで損益分岐点で切らなくてすむな」
「まさか、ここまではっきりと結果がでるなんて」


いつまでもグラフから目が離せなかった。


やがて、いつものように電話が鳴り始めた。