○雷に打たれて

ある日、家族でせんの無い休日を過そうとしていた時だった。
なぜか突然『○○滝を』見に行こう、ということになった。


山国である。国道を脇にそれてちょっと山間部へ入ると、そこらへんには必ず□□滝とかいうエセ観光地がある。養老の滝などという大御所があるが、あれでさえ、観光地というには切ないほどにインチキ臭いのだから、その他の滝なんていったらもう、な、状況をご理解いただけるであろうか。


○○滝もそんなようなところで、つましいみやげ物屋兼食堂が2軒あり、うらびれた『流しそうめん』というペンキの剥げた看板も傾いている。(てか、なんでうちの近所のエセ観光地には『流しそうめん』てどこ行ってもあるんだろう、他の山国にはあまりない。何十年か前に『流しそうめんフィーバー』と呼ばれるようなものがエセ観光地を席巻したとしか思えない)


小一時間ドライブしてそこへたどり着くと、だらだらぷらぷらと山道を登り、どぼどぼと水が落ちているだけ(それなりの風情はあることはある)の滝を見て、それから有料釣堀のコンクリートのプールで死を待つばかりっぽいマスなど釣ったりしてやるせなく遊ぶのである。


ところが、なぜかいつもそのエセ観光地にはぽろぽろと客がいるのである。


マーケットウィザード、奇跡の経営者と(自ら)呼ばれるわたしとしては、このような営業放棄したとしか思えない場所に、客が来るということはどう見ても奇異なことなのだ。


しかも、わたしもなぜという理由もなく、ここにいるのだ。


きっとここにこうして来た人達って、5年に一回とか、あるいは10年に一回とかあるいは、一生に1回とかって割合でしか、こんなところに来たいとは思わないだろう。なにしろ、どこのドライブマップにも取り上げられていないし、どこにも看板などないし、どこのTVも取材なんかしない場所なのだ。


何もやることがない、というアイドリング状態の時、突如雷に打たれて
「あ、○○滝へ行ってみよ」
と発想してしまったのに違いない。


ここで出会ってもう二度とここでは出会わないだろうね。
というような切ない感傷を感じながら、どこでどんな生活をしていたか、なにがどうなってここへ来たのかさっぱり想像出来ない人々を見ながらぼんやりと考えたのである。この地方で生活していて、年間何パーセントの人がこのように突然閃いてここへ来るのであろうか、ひょっとして、雷に打たれる人と同じくらいの確率だろうか?


そんなことを考えていると、なんだか、ぼんやり生活していた人が突然雷に打たれゴロゴロバーン!「あ、○○滝へいってみやう」という映像を想像してしまい、らちもなく一人くすくす笑っていたのであった。


そういえば、ニールセンやビデオリサーチというTV視聴率調査会社では3%以下の視聴率はわざわざ計測報告しない、あるいは、してもTV会社はそんな視聴率はクライアントにさえ報告しないと聞いたことがある。
ただ漫然とTVがついているだけ、の状況の家庭でも視聴率としてカウントしてしまうので、正式な視聴率とは言えないのだそうだ。


そこへなぜチャンネルを合わせているのかという統計目的と一切無関係、これはもう、意味もなく思いついて行動したという、雷に打たれる以前の数字ということであろう。


3%といえば、アムウェイなどのマルチでは、人口比3%になるまでは比較的順調に客は集まるそうである。どの都市でも6%を超えることはなかなかないらしい。
漫然と生活している人の油断をつくことができるのは、その程度が限界なのか。
折角マルチを踏むことになったら、せめて人口比くらいは説明会で質問してください。これはマルチの最低限のツボね。


そういえば、この間ちょっとしたことが気になってインタネットで調べ物しているうちに、万物の法則どおり脱線しまくり、何を調べていたかとっくに忘れたころに、意味もなく「起業家支援なんとか」というサイトに入り込んでしまった。


ありがちにしてもありがちなサイト名なため、なんの興味も持たず裏通りを歩くように気軽にページを繰っていると、見たことのある地名が書いてある。
なんと、偶然にもわたしと同じ市内にその事業所があったのだ。


入会希望のフォームに書き込んだら、翌日さっそく電話がかかってきた。


ありがちなサイトの運営者と会ってみたかった、それだけである。


起業家支援とかいいながら、このサイトの運営そのものがかなり苦境であろう。
だって、あまりにありがちすぎではないか。
そんな話をとっくり聞きたくて(なんというやつだ)、アポを受け入れて来させてやった。


一通り、わが社の斬新なところとか、愚痴とか、おいしがりそうな話を聞かせてやったところで、「ところで、あんたんとこも雷に打たれて真っ黒けになったのばっかりきちゃって大変でしょ?」といきなり言ってみた。


「は?」
「いや、ふつーに生活していて、なんとなーく漫然と不満をもってたふつーの人がさ、ある日突然、ゴロゴロバーン!ナイスアイディア!これだーって息せき切って」
「ああ、はいはい」
「あなたのところのサイトではさ、起業家のためのマーケットリサーチ法だとか、ビジネスモデル構築方法だとか、財務管理方法だとか、資金調達方法だとか、いろいろ、書いてあるし勉強会しているけど、真っ黒コゲになっちゃってる人はどうしようもないでしょ?」
「ははは」
「だってさ、ゴロゴロバーン!だよ?本人はコレダー!って勢いで辞表を書こうとしてるんだよ?そんな無知な人をさ、一から教えてさ、客観的に見てビジネスモデルとして成立するかどうか検証してみてさ、それで違うよってわからせたとしてさ、そのころにはもう辞表書く気なんかさらさらないでしょ(笑)」
「ええ、ええ」
「あはははは。エセ起業家駆逐ネットって改称したら?おたくらのビジネスモデルまちがってるよ、ぎゃはははははは」
(下品な男である。ご容赦願いたい)
「でさ、本物の、ちゃんと勉強してから、白紙の状態でビジネスモデルを構築しようって人はどれくらい来てるの?」
「ああ、いますよ、ある程度」
「でも、専業主婦ばかりでしょ?あと、失業中とか」
「ええ」
「だろうなぁ。そんでもって、あとはゴロゴロバーンかぁ。こりゃ大変だわ」
「あのー。どうしたらいいのでしょうか?」
「やっぱさ、もっと間口広げていくしかないよね。しかも、ゴロゴロバーンとなる前に接点もってないとなー」
「そうですよねー」
「だから、検証方法や経営方法ばっかりじゃダメなんだよ。ゴロゴロバーンとなる前に知っておくべき『ビジネスモデル構築プロセス』とかやんないと。そんでもって、ガーンと成功者を出す」
「そうなればいいですがねー」
「だよねー。あと、おたくたちの母体って会計事務所でしょ?」
「はいはい」
「もう詰んでる会社ってゴロゴロあるんじゃない?へへへ」
「え?」
「ほら、もう、客観的に見てさー。ああ、もう詰んでるわこれって会社」
「・・・・たくさんあります」
「あはははは、やっぱり?そんで言ってあげるの?それ」
「ええ、言いますよ。悲劇的なことになるまえに整理しましょうとか、でも」
「やってる本人は、そこまでピンときてないわな」
「そのとおりです」
「で、兆候が見えて2〜3年で・・・」
「ええ、ほぼ例外なく」
「じゃさ、その人達から起業家つくっちゃお、別事業提案ってことで」
「ああ、なるほどー」
「どうせいっちゃうまでの2〜3年で時間を浪費して、何億か使っちゃうだけでしょ?その後で職安通いながら来てもらってもさー」
「そりゃそうですが」
「金はそこそこあるし、場合によっちゃ、銀行も引当金積むより喜ぶでしょ」
「・・・かも知れません」
「いいねぇ、いいねぇ!その人たちはまだ雷に打たれてないし、ちょっとなら資金の都合はつくし、経営のこと少しは理解できるし、人脈もあるし・・・」
「そうですね」
「じゃ、言うこと聞きそうな人達見繕ってさ、集めて、勉強会やりましょ」
「いいかも知れませんね!」
「うんうん、よしよし、じゃ、提案したんだからぼくも混ぜてね!」
「ぜひ、お願いします」
「げひげひげひ、もう、めっちゃくちゃ、やっちゃおうね!」


(あまりに下品になりすぎたので以下割愛します)


ま、あえて偽悪的表現をしたのは確かである。
ほぼ同じことを言ったのであるが、両方ともコンセンサスとしては『成功する起業家製造プロセス』について合意したのであって、『水に落ちた犬を棒で叩くことを本気で考えている』わけではないので、あえて説明を加えておく。


ことほど左様に、雷に打たれる、というのは、恐ろしいことなのである。


客観的根拠なしの思いつき。


そして、エンピツの『恋愛日記』とは、まさに雷に打たれる人々の縮図、サンプリングデータベースなのである。


今日も、『ちょっと気になる人がいて』連発である。
こんな文章を見ると、わたしの頭の中にはゴロゴロゴロと雷鳴がとどろきはじめ、「この間ちょっと気になるってココで書いた人と、今日偶然・・・」などと後日続こうものならバーン!(キター!)である。


ちなみに、通信販売で、かなり無理っぽい商品、あやしい商品でも受注率は最低でも0.3%はあるそうである。
視聴率やマルチの3%よりかなり数字が小さくなるが、それは視聴率やマルチが受身の相手に付け入るのに対し、通信販売は能動的に発注しなければならないからだそうである。


そして、例えば『シアワセの黄色い財布(経験者の証言付き)』、だの『幸運を呼び込む奇跡のブレスレット(体験者の証言付き)』だのという商売は、それを売りつける利益よりももっと美味しい商売が裏にあるそうである。


つまり、『シアワセの黄色い財布』だの『幸運を呼び込む奇跡のブレスレット』だのを雷に打たれて買ってしまうタイプの客というのは、薦められればすぐその気になる、疑うことを知らない、通信販売業界では極上の「思考能力停止客」で、こういう単細胞な客の名簿はまさに「ウマー!」のヤマなのである。


名簿そのものがものすごく高く売れるのである。


みなさん、くれぐれも雷バーンにご注意を。