なんとすばらしい世界

最近、消費者意識が高まっている。


もちろん、悪い意味でだ。


消費者保護という言葉もいいが、もともと商取引というものは1:1の真摯な契約である。約束事を守らなければならないのは、店も客も同じである。


にも関わらず、世の中にはとんでもない客が存在する。


見積もりを要求し、さんざ変更を加えたあとで突然音信不通になる。


やっとのことで捕まえても、キャンセルの理由さえきちんと話せない。


お前はコドモかと問いたくなる。


そんな世の中で、すばらしい客たちがひしめいている世界がある。


わたしが知る限り、サラ金とパチンコが(小売店主から見た)消費者の鏡である。
どちらも、財布がすっからかんになるまでただひたすら金を運んでくれて、何一つ消費しない。なんてすばらしい客だろうか。


かくいうわたしも20代はかなりのパチンコファンだった。
丁度パチンコ情報誌というものの創世記で、知っているものが得をするという幻想がかぐわしい香りを放っていた時期だ。


実は、わたしの友人にパチンコ店のオーナー一族がいる。
わたしの友人の兄が新しい土地で新規開店するというので、さっそく開店初日にいそいそと出かけて行った。しかし、若干家から遠かったため、到着した時にはすでにかなりの人出である。列の総数は100人近い。


わたしは列の後尾で出遅れた事を悔やんでいた。


そこへ、見慣れた車がやってきて、くだんの友人が登場し裏口の方へと歩いていく、たまたま目があったのでわたしは軽く手を振った。彼は気づかぬように一度勝手口へ入り、そして思い出したようにまた姿を現すとチョイチョイと手招きした。
わたしは並ぶ百数十人の人々の羨望のまなざしを痛いほど感じながら、期待に胸を膨らませて彼の元へ歩いた。


彼は黙ってわたしを裏口から中へ入れた。


ラッキー、裏口から一番乗り!


わたしはいそいそと彼の後に続いた。


彼とわたしが入ったのは、パチンコ店の中枢のような部屋であった。
そこには数々のテレビモニターと、パチンコ機の出球集計用のコンピュータやらなにやら、NASAの管制センターのミニチュアのような装置が並んでいた。
はじめて見る機械に好奇心が刺激され、アレやコレやと質問しているうちに、やがて店内放送から開店の軍艦マーチが鳴り響いた。一瞬アレ?とは思ったものの、友人が差し出すコーヒーなど飲んでくつろぎながら二人でモニターテレビを見ていると、雪崩のように客が入ってきて嵐のような台の争奪戦が始まった。きっと店員に一番良い席を確保させてあるんだろうな、などとぼんやり考えながらモニターテレビを眺めていた。
やがて、場所を確保した客たちが今度はプリペイドカードの自動販売機で列をなし始める。(当時はまだ座ったままカードを買う装置はなかった)
「みろ」
と友人が静かに言った。
「あの、顔。どうだい?」
プリペイドカードの自販機にならぶ人々は目をギラギラさせてソワソワとまさしく体を揺らしながら自分の番を待っている。
「どっから来たか知らないが、わざわざ朝から並んで金をつっこんでさ。なにを考えてるんだこいつら」
最前列では、やっと自分の番だとばかりに財布からいそいそと札を取り出し、次々と機械にそれを入れる人。ひたすら金を入れつづける。次から次へと。
「おれはなぁ、このモニターでツレの顔を見るのが一番嫌なんだ」
もう友人の言わんとしていることは嫌というほどわかっていた。
「どうしてもやりたかったら止めはしないけど、頼むから他の店へ行ってくれよ」
わたしはそれから一時間ほどモニターをながめ、友人と談笑して、そして裏口から店を出た。


それ以来パチンコはほとんどやらなくなった。


時々ニュースで金目当ての馬鹿馬鹿しくも愚かしい事件を目にする。
犯人がサラ金に返済するために犯罪を働いたと供述すると、なんてサラ金に忠実な客だろうと感嘆する。


なんという見上げた客魂。


商売柄、こういうどうにもならなくなった人とのつきあいがある。
面談はほとんど、専務かわたしの仕事である。


今月のなん日までに金が要る、と来客は切羽詰った様子で話す。
なんとかしてくれ、と。


「わかりました。では、とりあえず支払いをストップしてください」


ほとんどの客が唖然とした顔をする。


「言ってる意味がわかりませんか?支払いを続ける限り向こうは交渉など聞き入れてくれません。だけど、わたしが見る限りあなたはもうお終いです。がんばればあと半年か一年続くでしょうが、どのみち手元に金はのこらないし、財産もなにも残りません。だったら半年か一年金を工面するだけ無駄です。支払いを止めて家族と食事にでも行きなさい。それができないなら助けられません」


支払いを止めると業務担当から事故処理担当へ書類がまわる。
それからでないと、利払いの差し止めや減額請求などなにもできないのだ。
ところが丁寧にそれを説明して手順を教え、自己破産についてレクチャーしても客の顔は失望で沈んだままである。


「一度帰って考えます」


そう言ったきり戻ってこない客の方がずっと多い。
帰るとちょうどそこへ、最も金利の高い無届のマチキンから『緊急の融資いたします』という葉書が届いているという按配だ。


なんとすばらしい世界。