同じ

食卓に残った一口二口のおかず。


いざ、食器をかたずけようとするとき、わたしの母は、母の例外に漏れず「もったいない」といって食す。


三者のわたしから見れば、それがごみ箱へ捨てられるのも、母の口の中に捨てられるのも同じである。


母の肉体もやがて焼却されてしまうのであるから、ごみとあんまり変わらない。


会社でソフトウェアなどを開発した場合、社長が自らこつこつと社内で開発するとそれは役員報酬として計上される。外注するとそれは資産として計上される。


前者の場合、それは「経費」なので売上から差し引かれ、後者の場合、それは「資産価値」があるので「現金」から「資産」へ科目が移るだけである。お金を使いまくっても、経理上資産として残るので原価償却分しか売上から控除されない。


できあがるものは、同じである。


このような帳簿上の操作や解釈の違いで、会社というのは黒字にも赤字にもなる。


お金が減ることにも、プログラマの時間が消費されることにも変わりがないのに、である。


世の中は、一見同じに見える出来事も解釈によって「いろいろ違って見える」ことを好む。


違いがわかる男は偉いのだ。


しかし、それに慣れると、実は同じであることを忘れてしまう。