小売業界の兼業化

例の「まちづくり」で話題にのぼることだが、最近小売業界がおかしなことになっている。
廃れた商店街を活性化させるために、地方自治体が「チャレンジショップ」とかを企画する。家賃や保証を自治体が肩代わりして起業しやすくし、新規事業を誘導しよう、という考えだ。
成功事例もたくさんある。


が、そのように敷居を低くすると思わぬことが起こりはじめる。
チャレンジショップのほとんどが「趣味ビジネス」になるのだ。


趣味ビジネスとは、まだきちんと定義された言葉ではなく、「趣味をビジネスにする」という意味と「趣味で起業する」という意味があるようだが、今回は前者の意味でこの言葉を遣う。


パン好きの奥さんたちがチャレンジショップでパン屋をやってみたら、おいしいと好評。気をよくした自治体が広報で取り上げたりして、波及効果で大繁盛。連日品切れ。ということが実際わたしのまちでもあった。
実は、そのひとたちも例の「まちづくり」の参加者なので、実際にお会いして詳しく話を聞くことができた。
ほんとうにおいしいパンを試食させてもらいながら、彼女たちの話を聞く。
「わたしたちもこの商店街が廃れてしまうのを見るにしのびなくて、なにか自分たちでできることはないかと相談して思い切ってやってみました。人手も資金も足りないところからはじめましたので、焼けるパンの量もたいしたことありませんけど、おかげさまで毎日お昼くらいには品切れになってしまうんで、感謝しています」
うんうん、とうなずく会場。そして、拍手。
しかし話を聞いていてどうもへんだな、と思い始めた。
商売がボランティア精神になっている。それはそれで評価していいのだが。やはりなんかへんだ。
思わず手をあげて質問した。
「お昼くらいに品切れになるのがわかっていたら、どうしてもっと作らないのですか?」
上品な婦人はにっこり笑って言った。
「家庭用のオーブンで焼いてますでしょ。生地を仕込んでも一度にたくさんは焼けないのですよ。それにお手伝いの人も午後はみんないろいろ忙しくて」
え?っと思った。
「それで、原価率はどれくらいですか?」
上品な婦人は満面の笑みで言った。
「わたしたちはお客様のためと思って、粉も材料もいいものをたくさん使いますから、原価率は計算したことありませんけど、やはり納得のいくものを売りたいですからね」
もはや、嫌な予感は的中の予感であった。
「それじゃ、一日の利益はどれくらいになるんですか?参加しているみなさんは時給いくらで働いているんですか?」
わたしの懸念にまったく気がつかない婦人はさらに上品さを増しながらこう答えた。
「わたしたちはお金儲けが目的じゃないんですよ。もちろん、こういった活動にも経費がいろいろかかりますから、月末に出費を計算してきちんとやっていますけどね。やはりこの商店街が寂れるのが見ていられなかったので、たとえ無給でもやってみようという決心でしたから、少しでも利益があればいいんですよ」
それを聞いてついに言ってしまった。
「それじゃ、市の補助が切れたら撤退なさるおつもりですね?あの商店街にもパン屋さんはありますが、補助金もなしで商売して家族を食べさせて、ぎりぎりの原価率で良心的にやろうとなさっていると思います。でも、補助金で家賃を肩代わりしてもらいながら、時給もいらないという人には到底勝てっこありませんよね?みなさんの活動はシャッターが閉まった以前の商店街よりは活気が戻っていいと思います、が、できればせめてご自分たちの時給だけでもきちんと確保して、補助金が切れても続けていただけたらと思います。ぜひ、がんぱってください」
すると、上品な婦人の顔はみるみる蒼白になって、おろおろとこう言った。
「やはり、わたくしどもにも主婦の仕事がありますので、本業として続けることはとてもできません。なんとかこの商店街を盛りたてたくてはじめたことなんです」
さすがのわたしもこれはしまったと思った。
「言い過ぎました。すみません。行動を起こされたことはほんとうにご立派でしたし、みなさんのご努力で商店街がにぎわったのも事実だと思います。」
幸いにも、気を利かせた司会者が彼女たちを再び大絶賛して、会場は拍手に満たされた。


彼女らに支払われた補助金を市政の無駄遣いだと非難するつもりはまったくない。瓢箪からコマが出るときもあれば、出ないときもある。商売として大失敗するよりマシだとすら思う。ただ、ボランティアとして成功するよりは、商売として看板どおり大成功して欲しかったのだ。そして、その体験談こそ聴衆の前で語って欲しかったのだ。


と、いいつつ、実は、趣味ビジネスを否定するつもりもない。
しかも、同じことをわたしはプロデュースさえしたことがる。
ある夫婦が自宅を新築するときに「ちょっとした小物を売りたい」と言ったのを受けて、その手伝いをしたのだ。
最近はあまり取りざたされないが、自宅を新築するときに一部を小さな店舗にし、奥さんが趣味で商売をする、というのが新しい建築スタイルとしてコアな住宅雑誌などでもてはやされたことさえあるのだ。
先の例のとおり、奥さんは「パートで働く程度の収入」さえ入れば十分で、そのような計算に基づく利益率で価格を決定すると、一般の小売店ではとても太刀打ちできない値段で売ることができるのだ。もともと、手作り小物だの、天然酵母パンだの、ステンドグラスだの、天然石ビーズだのという趣味物は数がはけないのでスケールメリットが少なく、どんなところでも原価はほぼ同じだ。だから、利益率を落としてしまえばクチコミで勝手にお客さんがやってくる。
しかも、人に使われてパート賃金をもらうよりは手取りが多く、ほとんどの場合は住宅ローンくらいまかなってしまうのだ。


ただ、そんなこんなで小売業界そのものが兼業化していることがなんとなく気になる。
くだんの商店街も、廃れる中で存続している店のほとんどは原価償却の終わったビルでオーナー自身が年金をもらいながらやっていたり、店番する奥さんの横からサラリーマン風の旦那が出勤していったりというパターンが多い。
もはや、一家を食わせられるだけの利益が小規模小売店では出なくなりつつあるのだ。


小売業界の兼業化とは、つまり、小売業界が農業と同じ道をたどりつつある、ということだ。


これはこれで、しぶとくてなかなか死滅しないのだから全部否定するつもりはない。まして、すべての小売店がマスビジネスに飲み込まれて死滅してしまう、というほどの危機感も持っていない。農業の世界でもそうであるように、ほんとに好きだというひとは、どんな斜陽産業の中にあっても尋常じゃない努力をして、すばらしい仕事をしたりもするものなのだし、たまには瓢箪からコマが出てくることだってあるだろう。


逆に、家族を食べさすというタガから外れて、おもしろいことがいろいろ起こる可能性が高くなったのでは、とさえ思っているのだ。兼業化しながら、新しいスタイルを模索する小規模小売店がなんだかおもしろい、と思うのだ。