勝者の原理

あなたに今、着るものと寝る場所と冷蔵庫に食べ物があれば、世界の75パーセントの人より恵まれています。あなたが銀行に少しでも預金があり、サイフに小銭が入っていれば世界で最も裕福な8パーセントの人の中に入ります。コンピュータを持っているなら、あなたは世界で100人に1人の恵まれた人です。


有名な100人の村の一説である。有難いことにわたしは世界でも1%の部類らしい。
また、これ以前にも、この世の富の97%は3パーセントの人に集中している。などという比ゆもよく聞かれた。
株をやる人の90%は損をしている、という話も(証券会社は表立って宣伝はしないが)実は決して大げさな話ではない。


この世は決して平等などではなく、富は(つまるところ幸福は)偏在し、一人が笑えば九人が泣くようにできているように思われる。
なぜこのように世界の富は偏るのか。
またそこには、弱者を踏みにじる強者の悪意は存在するのだろうか?


実はこのような富の偏在、つまるところシアワセな人と不幸な人の比率は政治や金持ちの強欲ではなく、弱者から0以上の取り立てをしない紳士的なルールと単純な数理的問題、「幾何平均」によって決定されている。


ほとんどの富は複利効果を持っている。
富は年利(あるいは日利)で増え、増えた分も含めて翌年さらに増える。
この複利効果を考え出した人が天才か、あるいは魔物であったのだ。


「天才数学者株にハマる」からおもしろい例をとってこの複利効果を考察してみよう。


あなたは1万ドルを持っているとしよう。
そして完全に公平なサイコロで、偶数が出たらあなたの勝ち、奇数が出たらあなたの負けになるゲームに参加する。
ただし、あなたが勝てばあなたの1万ドルに80%の金利がつき、負ければ逆に60%の金利を差し引く。これを毎週1年間52回続けて行う。
一回の抽選結果の平均利得は(80%+(−60%))/2で計算できるつまり、10%の得になる。
あなた以外にも世界のほとんどの人がこのゲームに参加している。
平均して10%得になるのだから、誰も異存は無いはずである。
これが52週続くと複利計算で元金は平均して142倍にもなるからだ。


しかも、どの参加者に対してもゲームはフェアでサイコロは公平なのだ。


さて、期待の52週がすぎ、その結果はどうなるだろう?
あなたを含め、ほとんどの人は1年後所持金が1.95ドルになっているのだ。


なぜこんなことになるのか、簡単にイメージだけで説明すると、このゲームに負け続けても0円を下回ることは絶対にない。必ず所持金に対して複利計算して金利を差し引くだけだからである。
しかし、逆に勝ち続けると天文学的な富を得ることができる。上限は最高で52週の複利効果によって\188,005,374,836,230,000ドル手にする可能性すらある。
したがって、平均が142倍であろうと、その平均を実現するためには一部の金持ちが得てしまうお金をまかなうために、ほとんどの人はほとんどのお金を失わなければならない羽目に陥ってしまうのだ。
このゲームの幾何平均は一回につきマイナス15%なのである。


例えばこれが勝ち4%で負け−6%だったらどうだろうか?
今度はマイナスの方が多くなるので期待値は−1%となる。
そして勝負が一年に一度だとしたら?
その代わりに何年にもわたってこのゲームが繰り返されるとしたら?
貧富の格差は多少改善されるだろうが、平均的なほとんどの人の富はさらに少なくなる。


これは世界のお金にかかる金利のおおよその平均なのである。
預金をすれば4%、借りれば6%。
(しかも、金融ゲームに参加していない人でさえ物価変動率というさらに大きなゲームには参加している)


あなたは、明日お金を預けたくなるだろうか?
それとも、銀行から借りて車を買いたくなるだろうか?
それはサイコロが決めるわけではないが、あなたの行動は預金したり、借金したりどうなるかわからない。まして、借金するほうに訴求力が強いのだからなおさらだ。
ほとんどの人がお金につく4%の金利よりも借金をしてでも車や家を欲しがるし、お金を欲しがる人でさえ事業を起こすために喜んで借金をする。
平均的な期待値が年利−1%であっても、さらに貸すより借りる確率が高いサイコロをあえて選択しながら、ゲーム参加者は増え続け、富はどんどん集中していってしまい、平均を維持するために全体を大きく下へ押し下げるのだ。(注1)


富の偏在を起こしているのは、まぎれもなく参加者全員なのである。


世界が100人の村であるなら、このゲームに参加さえできない、生涯所得0円の人々が世界には75人以上いる。
それは果たして、不幸なのだろうか?


注1
この例では結果が0以下になってしまうケースもあるのではないか?
そうなれば大きく負ける人の存在が、平均を押し上げる効果もあるのではないか?
そう思うかも知れないが、カラクリはこうだ。
参加者は1万ドルすら持っていない。しかし、このゲームに参加することができる。
それは将来働いて1万ドル得られる可能性が高いと銀行が見た場合だ。
どんな事業や人にも、将来の所得合計以上のお金を銀行は貸したりしない。
また、莫大な借金を抱えて破産をせずに支払い続けたとしても死ねばチャラになるので決して0を下回ることは無い。